経歴
25歳からのグランドスラムへの挑戦
プロフィール
1984年5月18日生まれ、横浜出身。
開成中学高校、東京大学卒業。
ウェア契約、庭球人。
ラケット契約、HEAD。
シューズ契約、asics。
2023年世界ランキング獲得。
神村学園神奈川テニスアカデミー元非常勤講師。
海外ツアーコーチ経験も多数。
ブログ「夢中に生きる」
https://ameblo.jp/ichigrandslam/
アメーバ公式ブロガー、
男性アスリート部門最高2位(写真はポスター)。
メインスポンサー
HCA法律事務所
ケイズハウス
zen place
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25歳からのスタート
学生時は本格的な音楽活動を行い、大学時は芸大講師に師事し作曲家を志す。
2009年、勝負の世界で自分の可能性に挑戦したい、という思いから決心し、大きく転身。25歳、初心者の状態から、プロ、グランドスラムを目指す、という前代未聞の挑戦をスタートした。
周囲には本気にされなかったが、地域のテニスクラブに入会。朝起きてから寝るまで、一日12時間以上コートにいるという生活を1年間続けて独自に準備。
2010年、全日本王者を始め数多くのトッププロを育てた実績を持つコーチの指導する選手アカデミーに入門。周りは全員実績のあるジュニア選手たち、門前払いされても仕方ないレベルだったが、真剣さを買われ、コーチに拾っていただいた。家庭教師の仕事をして活動費を捻出しながらの選手生活を開始。
当然、選手の中でも一番下手で、しかも全く才能はなかった。子供達の練習にまざっても上手くプレーできず怒鳴られ続ける毎日。自ら選んだ現実離れした道の厳しさを今更痛感する。あまりに大きな差、全く成長の見えない日々、光の見えない時間が5年近く続いた。
だが自分で決心した道。誰よりも努力をして追いつくしかないと、年の近い若手コーチと二人で毎日追加練習をして差を縮める努力を続けた。
それが実を結び、2014年、JSC主催、東京オリンピックに向けた才能発掘プロジェクトで最終候補に残り、NHKニュース番組、YAHOOニュースやスポーツ新聞など各メディアに掲載。ウェアブランド庭球人と用具提供契約を得た(~現在)。
そこから2015年はほんの少し技術に変化が見え始める。
国内ツアー大会に出場を再開。5年間殆ど全敗だったが、少しずつ勝利をあげるようになり、5年以上かけて小さな一歩を踏み出した。
2013年 ツアー成績0勝15敗。
2015年 ツアー成績4勝9敗。
450万円のスポンサー獲得してスペインへ
そして2016年、テニスを始めた当初より検討していたスペインでのトレーニングを決断する。
1年間のトレーニングに必要な資金を得るため、自身のブログとSNSを中心に友人、地元地域など身近なところから応援してくれる人の輪を広げ、各方面に支援を募る活動を展開。その結果、完全に無名の選手だったにも関わらず80人、10社以上から必要となる資金450万円以上のスポンサーを得ることに成功。またHEADのラケット提供を受けるようになる(~現在)。
2016年4月から1年間、日本代表ダニエル太郎選手が所属するスペインのテニスアカデミーTenis Valにて練習を積んだ。現地では元世界ランク1位サフィンを7年に渡り指導したラファエルコーチなどの指導を受けた。
ダニエル太郎選手家族の家に住ませていただきながら練習をした。
滞在期間中は、土日、他の選手が全員オフの日や、昼休みも一人で練習。あまりの練習量に当時は異次元、病気だと言われたが、真剣さが伝わり徐々に応援者を増やし、アカデミーのコーチ達や清掃スタッフにまで支援の輪を広げた。
左写真はサポーターの名前を記載した自作Tシャツを持って、コーチ、トレーナーと。
練習世界ランカーと数多く練習する機会を得て、彼らが決して手の届かない天才などではなく、基礎の積み上げの先にある、追いつける相手だと感じる。
一方、それでも彼らと戦うためには依然遥かな実力差があり、まだヨーロッパで戦える段階にないことも理解した。
2017年4月に帰国。
国内ツアー大会を戦うが、それでも最高戦績は世田谷オープン3回戦進出に止ま離、スペイン渡航前の公約を達成できず。
それでも全く諦めることはなかった。
日本での再出発、技術の構築
スペインで分かった基礎技術の構築にはヨーロッパより日本でのトレーニングの方が適切と判断し、日本での再出発を決める。
スペインで知り合った大西賢プロの紹介で相模原市クリエイトテニスアカデミーを知り、課題となる技術指導に優れたコーチに出会う。
海外ツアー大会で戦える技術、実力を身につけるため、具体的戦略を考え共に歩んでいけることを確認し、相模原を拠点にトレーニングを積むことを決断。
2017年秋より、同アカデミーが通信制高校、神村学園神奈川テニスアカデミーの指導を開始。
非常勤講師という立場ながら、生徒と一緒に練習しながらプレーヤーを引っ張るキャプテンというポジションで参加。
日中は神村学園でトップジュニアと練習、夜はアカデミーの強化チームで、他の選手の倍近い練習量で努力を重ね、差を縮めた。
そんな中、新しい拠点での練習が成果として表れ始め、
2018年4月、日野オープンで国内ツアー大会で初めての準優勝。
クリエイトで3年弱のトレーニングを積み、競技を始めて10年が経過。
遅くから競技を始めることの難しさは想像を遥かに越え、身体の使い方や技術の習得は難航を極めた。
だが10年に渡って努力を続けた結果、2018年末から自分の技術が根本的に変わり始めたことを実感。
やってもやっても変わらないことに苦しみ続けたが、ついにやったことがしっかり変化に表れる成長循環に入った。
同時に競技に対する理解、俯瞰的な視点も生まれ、2019年後半になって再び海外挑戦できる準備ができてきたと感じる。
海外渡航、飛躍的なレベルアップ
力がついてきたタイミングでコロナ流行。
全ての活動が一度ストップしたタイミングだったが、僕は今こそチャンス、再度環境を大きく変え、ヨーロッパに渡航するチャンスと判断。
渡航の準備をしている中で、日本ジュニア代表、本田尚也のコーチとして3週間セルビア渡航し、僕はそのままヨーロッパに残って選手活動しても良い、というオファーをもらい、即渡航を決断した。
出会ったセルビア人コーチと3ヶ月間技術練習に取り組んだ後、国際ツアー大会に出場開始。
通常ツアー大会は毎週試合会場が変わるが、下部ツアー大会には毎週同じ会場で試合開催される場所があることに目をつけた。
試合会場では自由に練習コートが使えるため、そこに長期滞在してトレーニング場所として活用するようになる。
100人程度の出場選手の殆ど全員に声をかけて練習を頼み、毎日出場選手と5−7時間の練習を積む。
信じられないほど練習する選手として試合会場で有名な存在に。
ツアー大会に出場する選手は各国のトップ選手ばかりで、彼らと毎日練習していると、これまでとは比べ物にならない程の成長を感じる。
この生活を3年間続け、
2023年5月ついに世界ランキングを獲得。
選手たちと全力で戦いボールを打ち合う中で心通わせること、テニスを通じて世界中に人々と繋がること、他の選手と違う歩みをしてきた人生、生き方、価値観を多くの人と触れ合わせること、多くの方に応援していただくこと。道は急激に開けた。
自分の好きなこと、決めた道に対して何の躊躇もなく全ての力を尽くして生きることがどれだけ最高に楽しく幸せなことか。
本気で考え努力し、全力で進み続ける人生、そうすれば生きる道など自ずと開ける。
その最高な人生を世界中の人に伝えていく。
数多くの個人サポーター、地元の企業からスポンサー支援によって選手活動を継続。
2017年9月に経営者団体ロータリークラブ横浜港南台支部にて講演(右写真)、その後は子供達へ向けたオンライン講演、企業での講演、セミナー、youtube出演など講演も多数。
テニス雑誌スマッシュでは人気連載を寄稿。
相模原名産、養鶏農家の昔の味たまご農場様からスポンサーなど、地元地域から応援される選手として、相模原市内の多数店舗でのポスター掲載、横浜タウン新聞、タウンニュースでの記事掲載などの地域メディアへの出演から、最近は日刊スポーツ、文春オンラインでの記事掲載はyahooニュースにも取り上げられた。
2023年11月20日
テレビ朝日「激レアさんを連れてきた。」出演決定!!